ただただダラダラ佇むダダイズム

知らざあ言って聞かせやしょう。

起業はスペースシャトルの打ち上げ。望めばスイングバイだって可能だ。

startdash

最近は少しだけ仕事が落ち着きつつある。今日は下書きにあったものをちょっと修正して記事にしてみたぞいと!
仕事というのは全てを通して大変だが、最初は体力と神経をより使う時である。対象が起業や新規事業の場合は特に気持ちをグッと入れなくてはならない。スタートダッシュというのは大事になる。恐怖や不安があってもそこに立ち向かって加速していかなければ先には進めないのである。スタートダッシュが上手くいけば後は軌道に乗せるだけだ。そうなればいくらかは楽になる。

スペースシャトルや人口衛星の打ち上げが良い例だろう。俺はどういう仕組でスペースシャトルが打ち上がるかは分からない。だが、打ち上がるその瞬間というのは物凄い噴射がおきてやっとスペースシャトルが浮き上がる。上の写真を見てもその凄さが分かるだろう。そしてさらに加速するために更なる噴射が起こる。何段階かに分けて加速していく。そこでスピードが出ないと宇宙にはいけない。大気圏で押しつぶされてしまう。つまりスタートダッシュが大事ということだ。

宇宙に出た後は地球の軌道にのる。こうなると軌道にのって動けばいいのでそれほどの労力は必要なくなる。後は軌道の計算などをすることになってくる。そして今度はスピードアップをするために重力を利用して加速することができるようになる。スイングバイというらしいが、燃料の節約をしながら重力によって加速ができるのだ。

この流れというのは起業やその後の仕事などにも言えることだ。まあスペースシャトルや人口衛星場合は一日か数日で軌道にのるのだろうけど、仕事や起業でいえば大体3年位かなあ。最初は寝る間も惜しんで噴射を興しスピードをつけてスタートダッシュをする。スピードに付いていけないとか大気圏を突き破れないなんていう不安があったらスピードは出ない。とにかく自分のできることやれることで加速していく。上手く宇宙に出れたら今度はゆっくりだ。そのまま加速しっぱなしだと燃料切れになってしまう。軌道に乗れずに宇宙を彷徨うことになるかもしれない。軌道に乗れば今まで毎日頑張っていたのが嘘のように力を入れなくても順調にいくものだ。だが常に軌道に気を配らなければならない。これを怠っても軌道から反れてしまう。これに慣れてきたら後は自分次第だ。そのまま軌道に乗り続けて仕事をするもよし、更なる高みを目指してスイングバイをするもよし。ただ次に行くにも最初程の自分の力は必要ないのだ。ここまでくれば自分にも力が付いているし仲間もできる。環境もできてきている。これが重力となって加速を後押ししてくれる。それなのに自分の力だけで加速しようとするものもいるが、自分自分でやってしまうと次の高みに届くのに必要なスピードが得られないだろう。そういう人も何人も見てきたが。人間1人でできることなどたかが知れているのだ。周りの人への感謝という重力が必ず必要になる。それを絶対に忘れてはいけない。

自分も通った道だし、仕事上そういう対象を何度も相手にしているのでそういうことが分かるが、初めてであれば分からないことだらけだろう。今日書いたようなことを話してもピンと来ない者もいる。軌道にのって分かる者もいる。ブログだから仕事に置き換えて書いたが、普段はそこまでは言わないからだろうか。
だからと言って分かっている俺が全てをやってしまっては何の意味もない。俺がリードしなければいけないのは本当に危険な時だけ。後は暖かく見守るのが役目になってくる。対象者が自ら経験をして感じることだ。困難というのは沢山あるが、そういった苦しみを味わった先には楽しみが待ってるぞいと!もちろん全ての人が上手くいくとは限らないが、諦めずにチャレンジした者だけにチャンスは訪れるのであ〜る!

なんだろうね。今回はスペースシャトルや人口衛星を例に出してみたのだけども、人工的なものだけではなく、宇宙にしても自然にしても動物も色んな所に人生や仕事の教訓というのは溢れているものだ。人間1人の人生はその縮図と言うか、同じであると感じるんだよねえ。まあそんなこともまた書いていけたらと思いまずぞいと!

まず今日はこれぎり!

自分に自信をもつということは

 Self-confidence

お久しぶりです。やっと仕事も一息ついて、落ちついた時間を過ごしておりますぞい。こうしてブログを書くのも久しぶりだなあ。

最近は自分の過去を振り返っていろいろと考える時間が増えている。このブログだけでなく、現実の仕事においても発達障害児のサービスに関わることになったのも1つの要因なんだけども。

今までは個人ベースではインタビューを受けたり施設を回ったりしていたこともあったのだけども、もっと自分のできることを有効的に使って、活動の場を広げたいと思っていた。そんな時にある所からありがたい仕事のオファーをいただいたのだ。企業側は俺の過去等知らなかったが、初めての席で自分の過去や現在を話した。すると当初のオファー以上に今回の案件に関われる席を用意していただけた。仕事ベースになるが根本は変わらない。まだ自分に何ができるか分かっていない部分もあるが、俺だからできることが必ずあると信じてる。

昔の俺はまったくと言っていいほどに自分を信じていなかった。自信のかけらもない男だったのだ。こんな俺は駄目だ。俺にできるはずがない。俺がやらない方が人のためだ。そうやって自分を貶めていたのだ。今までの経験でしか自分を見れなかったからだろう。ずっと過去や病気に因われて生きてきた。だが、そんな俺でも今では自信に満ちあふれている。他人と比べれば俺なんて…というのはあるが、他人と比べる必要がない。これができるようになってから自信が溢れ出すようになってきたんだ。

俺のブログでは話しが急に飛んだり突然流れに沿わない言葉が出てくることがある。読んでいる人もそう感じている人はいると思う。結論がないままに次の話題に入ったりする。まあ個人ブログであればそこまでの完璧性を求めて読んでいる人はいないのかもだけど。これはわざとやっているわけでも面白くするために書いているわけでもないのだ。理路整然と書くことができない。これも俺の発達障害の一つの症状だ。

上手くまとめてから書けと言われたらものすごく時間がかかってしまう。話しがあっちこっちに飛んでしまうのだ。挙句の果てにテーマを決めていても最後には違う話しになっていたりもする。それが嫌になってきて書くのを辞めてしまうだろう。だが、上手くまとめて書こうなんていう気はない。それが俺の文章であり言葉なのだから。人と同じように書けなくても落ち込む必要はない。それを良いと思う人もいれば、読み心地が悪いと感じる人もいる。読み手の自由なので、どう感じてもらっても構わない。

自分で上手く書くことができない。だから仕事ではプロのライターに書いてもらう。そっれまで自分でやろうとすると苦しくなる。できないことはできる人に頼めばいい。もちろん金はかかるが、それだけの予算をもらえる仕事を取れば良いだけだ。自分の取り分ばかり考えていたら大きい仕事なんてできないぞいと。

胸を張っていえるものではないが、これでもだいぶマシにはなってきているのだ。とは言ってもすぐに書けるようになったわけではない。書くことを諦めずに続けていたら書けるようになったのだ。それ以前の文章は本当にひどいものだった。上手くまとめる気はないと書いたけども文章を上手く書きたい気持ちはある。向上心として自分のスタイルのままに伝えられる文章を書きたいと思っている。難しい言葉なんて使えなくても良い。幼稚な文章だって構わない。文字で自分を表現できるようになりたい。思いを乗せた言葉を吐き出したい。その為に上手くなりたい。これは自分自身の探求だ。

誰かの真似ではなくて自分の言葉を。

自分の書く文章と人の書く文章を比較していたら俺は書くことを辞めてしまっていたと思う。だって、小説みたいに上手い人もいたり、すごくまとまってるなあっていう人もいたりするし、面白い文章を書く人もいる。そんな人達と比較してたら何もできなくなってしまう。だから俺は比較しない。俺が書ける言葉を自信を持って綴るんだ。

自分に集中することで自信はついてくる

自分に集中すること。それが他人との比較や人の目線というものを遮断してくれる。逆に比較したり人の目線が気になる時は自分自身に集中出来ていない時なのである。集中できないのは誰かや環境のせいにするのは自分が自分に集中できていないだけなのだ。その言い訳に人や環境のせいにするのはよろしくない。俺は誰かが近くにいると何もできなくなってしまう人間だった。人の目線や評価ばかりを気にしていたが自分に集中出来るようになってからはその苦しみから解放されたのだ。たとえ誰が見てようが俺は自分の思ったことを書く。笑われようがなんだろうが関係ない。自分に集中出来れば周りなど気にならなくなるのだ。

そこから吐き出された言葉に相手がどう反応するかなんて考えていたら何も言えなくなってしまう。良い反応。悪い反応。どちらだっていいじゃないか。選ぶのは相手だ。そんなことよりも自分にどれだけ集中できたのか。そっちの方が大事だ。相手のせいにしても何も始まらない。いつだって答えは自分自身の中にあるのだ。

周りに自分の自信を見せびらかすためにあるものではない。そういうことをするのは、逆に自分に自信がない、もしくは、自信に不安があるのうだろう。大きくみせるためか?人にみせびらかすための自信なんてまやかしの飾りにしか過ぎないのだ。自信なんていうのも自分の中のものだ。心の中にあれば良い。それが自然に行動に現れる。

まだこれからしばらく忙しい時間が続く。あまり皆さんのブログを読む時間が作れないが、思ったこと、感じたことをこのブログに書き綴っていく。

まず今日はこれぎり!

苦しむ人に何かを伝えていきたい所存ですぞい。

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先日足の側面に痛みを感じていたのだが、その痛みが続き激痛に。どうやら短腓骨筋腱付着部炎というものになってしまったようだ。みなさんは何炎だろうか?まあ何炎でない方がいいのだけども。

俺は過去に椎間板ヘルニアになってしまったことがある。腰が痛いとは感じていたのだけども、ただの腰痛かと思って放っておいた。マッサージ等は受けていたのだけども腰は痛むばかり。ある時に左足に痺れが続くようになった。そして歩く度に腰に激痛が走る。それでも日々を過ごしていたのだけども、遂に足が思うように動かなくなり足を引き釣りながら歩いていた。

さすがにこれはまずいと思って病院にいったら、椎間板ヘルニアと診断されたのだ。しかも普通の人なら歩くのも困難な状態ですよと医師に言われた。俺は普通じゃないんですか?と聞き返すと、しまったばかりに言葉を詰まらす医師。看護師さん達は笑っていたなあ。まあ手術してなんとか治ったのだけどもね。

後から分かったことなのだが、これは発達障害の症状の1つだった。よくよく思い出してみると、小学校の低学年の時に兄と遊んでいて、俺は木から落ちてしまった。まあ普通に痛かったので泣いた。家に戻っても痛かった。だが普通に過ごしていた。次の日に学校で傷みに耐えきれずに早退し病院へ行くと、3箇所も骨折していたのだった。その時は親にも先生にも我慢強い子と言われていた。だが本当は感覚が鈍いということだったのだ。痛みの感じ方というのも人それぞれだが、俺の場合はその感覚が非常に鈍いのだ。

俺は発達障害やADHDの症状が他にもいくつものあると診断された。それらの症状が俺を社会不適合者にし統合失調症を併発する原因にもなった。もちろんそれらが俺を苦しめてきたのも事実である。だが、そんな自分に後ろめたい気持ちなどない。今ではむしろ発達障害やADHDである自分に誇りを持っている。これは個性なのだ。一般的な普通ではないかも知れないが、苦しむことのない生活を、いや、毎日を楽しく過ごせている。発達障害やADHDが治ったわけではないが、仕事も家庭も人間関係もすべて良好だ。どんな症状であれ俺の生活を苦しめる理由にはなっていない。

おそらく一般的な大きな社会にいれば俺はずっと苦しんでいたと思う。だが自分の社会を築いたので楽になったのだ。社会が何かをしてくれないというのではなく、自分のいるべき社会にいること。大きな社会ではないがクローズドでもない。それが自分らしく生きることを可能にしてくれた。発達障害やADHDと聞くと出来ないことばかりがクローズアップされるが、そういった人達だからこそ出来ることもあるのだ。

正直なことをいえば、今の一般社会(マジョリティ)は異常だと思う。それは俺の社会(マイノリティ)からみた一般社会だ。あちらから見れば俺は異常だと思われるだろう。お互いに異常ならそれで良いじゃないか。異常の質が違うだけなのだ。どちら側にしても何故自分だけが正常だと思いたがるのだろうか。数でいえば圧倒的に一般社会の方が多い。だが多い少ないの問題ではないのだ。お互いに理解しあうことの方がどれだけ有益か。俺は一般社会から酷い仕打ちを受けたが憎んではいない。彼らは彼らで自分の社会の常識を行っただけなのだから。それが俺から見れば異常だと思って批判しても何も始まらない。お互いに出来ることに違いがあるだけなんだ。たったそれだけなのに大きな差別が生まれてしまう。

もちろん、マイノリティを差別しない社会になってほしい気持ちはある。しかし、

俺がいる社会においてもマジョリティは異常だという声はたくさんある。アイツらがおかしくて正常なのは俺たちだ。病気なのはアイツらの方だ。そう言ったことを声を荒げてSNSで拡散している。自分達だけを正当化したいのだろうか。俺は凄いことを知っていると自分の優位性を示したいだけにしか思えない。なぜ戦おうとするのだろうか、共存しようと思わないのか。さらにいえばその拡散をしているSNSなどはマジョリティの産物だ。マジョリティだろうがマイノリティだろうが、大きな括りでは同じ社会にいて、密接に関わっていることを分からないのだろうか。どちらが正しいのかという環境において自らが苦しんできたのにも関わらず、自分の方だけを正しいとする。そこに何が生まれるかは自分が一番分かっているはずではないのだろうかねえ。もし社会的にマジョリティとマイノリティが逆転したとしても、そういった人達によって差別が生まれるだろう。それでは何も変わらない気がする。

自分の中の答えを探そうじゃないかい

これは発達障害やADHDの人だけではなく全ての人に言えることだが、合わないことや出来ないことに苦しまなくたって良い。むしろ合わないことや出来ないことを出来るようにすると苦しみが増してしまう。それでは自分が誰だか分からなくなってしまうんだ。誰かになる必要はない。人と比較もしないで良い。ただ自分らしくいてほしい。そうすれば自ずと本来いるべき場所が見えてきて楽にもなれる。簡単に書いたが簡単なことではない。だか真剣に自らに向き合えば自分の心の中に答えがすでにある。大袈裟にいえば答えはそこにしかないのだ。答えが分かれば、今までは人や社会のせいにして来たのが、全て自分のせいだったことに気づくはずだ。

過去の俺と同じように苦しむ人に何かを伝えられたら。そういう部分をもう少しこのブログでも書いていければと思ってる。その人の役に立つかは分からないが、誰かに伝われば良い。どんなに小さな光でも明かりを灯すことにつながれば嬉しい限りだ。上手く伝わるかどうかは分からないが、それでも書きたいと思ってる。そんな感じですぞいと。

まず今日はこれぎり!

無駄遣い話しから何故か悩みの話題へ

家なき男

昨日ブログを投稿した後に、注文していたレンズが無事に届いた。そこまで高いレンズではないのだけども、ずっと欲しかったレンズだ。ちょうど嫁ちゃんも帰ってきてしまったので試し撮りは次の機会に。はっきりいうと仕事では使えないと思う。趣味の世界のもの。まだ試し撮りもしていないので今回は記事には書かないが、今日はこの後出かけるので、購入したレンズをカメラに付けて初撮影してこようと思っている。

というかD750のレンズセットともう一本レンズを購入。その前にはManfrottoの三脚。そして今回のレンズ。その間にはPeakDesignのスライドというカメラストラップも購入。まったく関係ないがBEAMSとNORTH FACE PURPLE LABELがコラボしたスプリングコートも買ってしまった。この一ヶ月ほどでかなり金を使いまくってしまっている。今のところ予算内なので大丈夫なのだがそろそろ止めないといけないなあと思いつつ次の欲しいモノを物色中である。

まあ今でも大金持ちではないが、一時期はひきこもりを続け、果てにホームレスをしていた頃では考えられない生活を今はしている。期間は違うが、ひきこもりの時もホームレスの時もその当時は一生このまま続くことなのかと思っていた。統合失調症の時もそうだ。だが、後から思えば僅かな時間にも感じる。今こうして生きていられるのは、周りの人のおかげだ。もちろん自分が頑張った自負もあるが、そんなのはちっぽけだし自分の中のことだ。人々への感謝を忘れてはいけない。これを忘れた時、俺は過去のような自分に戻ってしまう。馬鹿な話かと思うかもしれないが、感謝というのは人生において、それだけ重要なのだ。

話がかわるが、

一瞬一瞬を見てしまうと正確に判断出来なくなってしまうものだ。車とか電車とかに乗ってると、近くのもモノは早く動くけど遠くのモノはゆっくりと動いているように見える。早い速度で走ってて近くの標識とか認識するのって大変ではないか。すぐに通り過ぎてしまうから余裕なんてない。力もグッと入る。でも、ある程度の距離があるものを見る時には、ゆっくりと進むので瞬間で見ようとしなくても余裕があるので楽だ。

サッカーの例えの方が分かりやすいか。サッカー場やテレビで見ていると、逆サイ空いてるじゃん!今のシュートでしょ!!あーーもう!!とかそんなシーンに出くわしたりする。遠くから見ているとピッチ全体が見えているので、そう判断するのは楽だろう。しかし自分が実際にピッチでボールを持っていると想像してみてほしい。全体を見ることができない。更には敵がボールを奪おうと迫ってきている。そんな中で瞬時に判断をして次の行動を起こさなければいけない。どうだろう?正しい判断が出来るだろうか。何もせずに動けないか逃げてしまうこともあるだろう。

これは現実にも同じことが言える。プレッシャーをかけ続けられる中でどれだけ正しい判断が出来るだろうか?だがもしそれを遠くから見れる自分がいたらどうだろうか。

俺だって今でも嫌なことや辛いこともある。それは生きていれば当然だ。だがそんな自分を客観的に遠くから見れる自分もいる。その瞬間瞬間の悪いことが後々の良い行き先に繋がるのが見えるというのだろうか。だから嫌なことや辛いことがあっても時間をかけずに切り替えることができる。さっきの例えでいうと、車から見た遠くの景色。ゆっくりと動いてるから余裕をもっているので感情の揺さぶりも少ない。そして遠くから見ている分、目的地も見えるから次はどこにパスを出そうかというような道のりも分かりやすい。こんな風に書くと特殊能力なんじゃないかと思う人もいるかも知れないが、俺自身がプレッシャーに負け続けて何もできずに動けない人間だった。だが今ではできるようになっている。これは成功体験による所が大きいのかなあ。逃げずに自分と向かい合ってきた結果だ。最初の経験や成功はどんなに小さくてもいい。誰だってまずはそこからがスタートだ。

そんなんで嫌なことや辛いことがあっても俺は今では悩んだりすることはないんだけどもね。まあ考えたりはするさ。考えを放棄したら生きていけない。けどそこで止められる。でも悩みとかって人それぞれあって、大きい小さいとかもあるけど、人の悩みと比べない方が良いと思うんだよねえ。誰かにとって小さい悩みでもその人にとっては大きい悩み。だから相手に自分の感覚で、そんな小さい悩みなんて!とかいうのってあんまり解消には繋がらない。ほら、僕はこんなに不幸だったんだよ。世界中を見てごらんよ。それに比べれば君の悩みなんてね?これも。その場その場では、ああっそうか!僕の悩みは小さかったんだ!と思うだけ。また次の悩みを見つけてしまったりするものなんだ。まあつまり何かの悩みを解消するよりも悩む癖というかその根本の心を見てほぐしてあげないとなんだよねえ。そうすれば嫌なことや辛いことがあっても悩みにはならなくなる。

うん?俺は今日何を書こうと思っていたんだったけか。思いつきのまま書いてしまったようだ。まあいつものことか。

まず今日はこれぎり!

俺の髪の毛は何故こんなに伸びてしまったのか。

His hair

今日は月曜日。みなさんいかがお過ごしだろうか?俺はスマホのケースを変えたい気持ちを抑えて仕事中である。だが少し息抜きをしているところだ。

今の俺の髪の毛は過去最高の長さだ。前は胸の辺り、後ろは肩甲骨の下辺りまでの長さがある。ずっと短くしていたのだがここ2年ほど髪は伸ばしている。ちょうど、この記事のTOPの写真のようなイメージだ。ストレートではなく、ナチュラルウェービングなのである。身だしなみが整えられずにだらしないという人もいるだろう。もちろんお手入れはそれなりにしている。

なぜ俺が髪を短く切らなくなったかというと、伸ばしたいと思ったのもあるが、髪を短く切る意味が分からなくなったからだ。また変なことを言い出したぞ?と思う方がいるかもしれないが、男性はいつの頃から髪を短くするというのが定着したのだろうか。映画などで昔の写真を見る限りは男性も女性も髪が長い。日本だけでなく世界をみてもそうだ。侍や騎士にインディアン。三国志を見てもみんな髪が長い。内田裕也も然り。

現世ではそもそも何故髪を短く切らなければいけないのか。

仕事があるのも分かる。サラリーマンであれば、ある程度の規律があるので当然なのかもしれないけども。俺は自営なので関係ない。髪のことで仕事が途切れたことなどない。むしろ俺を認識してくれるIDのような存在にもなっている。話しのネタにもなるので距離が近づきやすい。これは仕事だけでなく普段の生活でも同じだ。髪が長いことで何か滞りがあるといったことがない。むしろ仕事と同じように、認識されやすくなり良くされることの方が多い。普段は結んだりもするので邪魔になることもない。

だから余計に切る意味が分からないのだ。能率化?そもそもそんなに急いで生きなくても良い。なぜみんな短くするのか?と言っているわけではないんだ。髪を短く切らなくても良いといった条件の下であればどうであろうか?なぜ髪を短く切るのか。その答えが俺の中で出せていない。俺自身が分からないだけなんだ。もし明確な答えがあるなら短くしている。だが、男性は髪が短くあるべき。という現世の不文律なのであれば、それだけでは俺が髪を短くする理由にはならない。

まあ髪が長い短いはどうでも良いことなのだけども、自分でどうするか決めるというのは大事だ。世の男性は大多数が皆短いからという外的要因だけではなく、自らの答えはどうなのか。その時に出た答えに俺は正直に生きたいのである。つまりはシェキナベイベーということだ。うん。

ただ1つだけ困ることがあるのだ。それは、寝ている時は束ねた髪をほどいて寝ているのだけども、時たま寝ぼけた嫁ちゃんに髪を踏まれるのである。そして、それで目が覚めた時の不快さというのは言葉では言い表せない程だ。俺が髪を切るとしたら、この不快さに耐えられなくなった時か。

まず今日はこれぎり!

もっと自由な発想でクリエイティブに己の道を拓こう。

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今日は真面目な記事を書いた。前から書こうと思っていた内容の記事が下書きにたくさん埋まってしまっていた。それらもこれから記事にしていこうと思っている。まずは、クリエイティブという言葉を聞くと、どんなことを想像するだろうか。

グラフィック、デザイン、写真、音楽、などなど。

このような感じで思い浮かぶのではないですかな?まあ一般的にいえばそれが当然のように感じると思う。日本ではこれらのモノをクリエイト(作る)する。作る人をクリエイターと呼称し、そのような人達がクリエイティブな人という意味で定着してしまっている部分もある。なので、クリエイティブと聞くと、私にはできない、才能があるっていいよね。みたいに語られたりもしてしまう。

このクリエイティブという認識は主に広告業界向けの職種の呼称なのだ。それが一般的に広まっていることで誤解された認識になってしまっている部分がある。

クリエイティブというのは身近な存在だ

本来のクリエイティブというのは創造する、独創的という意味になる。それはモノに限ったことではない。価値、考え方、発言、生き方、ビジネス、さまざまなことが全てクリエイティブな存在なのだ。

つまりなんであれ、誰でもクリエイトすることができるということだ。クリエイティブというのは特定の人に与えられた才能でも特権でもなく、全ての人に与えられている能力なのだ。 僕は絵も書けないしグラフィックも作れない。そういうことだけがクリエイティブではないということをまずは知ってほしい。本来の意味がわかればもっと自分らしくクリエイティブできるはずだ。

カタチにすればなんでも良いというわけではない

既存の真似や言われたことをやるだけでは、いわゆるオペレーターになってしまう。自ら考えることを置き去りにして目の前の与えられた作業をするということだ。もちろんそれが悪いわけではない。ただ、誰しももっとクリエイティビティを発揮することができるはずなのだが、自分にはできないと決めつけていたり諦めたりしている人は多いように思える。

創造性があるというのはオリジナリティがあるということだ。誰の真似でもなく自分で考えたこと。つまり新しい発想をカタチとして創り出すということだ。これが難しく感じるかもしれないが、常に自分で考えるようにしていけば感覚がつかめてくるようになる。何をしたいのかどうしたらいいのか、最初から外に答えを求める前に自らの心に聞いてみよう。最初の出発点はいつも自分なのだ。答えは自分で探しだすものだ。自分の中で新しい答えを模索する。自分の中にすでに答えはあるのだ。何も世にない目新しいことだけを考える必要なんてない。自分で考えた結果が他の人と同じでも構わない。自分でその答えにたどり着いたことが大事だ。そして答えが出たならばカタチにする。これがクリエイトするということだ。

とは言っても何もクリエイトできるものなんてないし……

そう思う人も多くいるだろうがブログだって例外ではない。記事を創り出しているのだからクリエイトできるはずだ。文字を、文章を、コンテンツをクリエイトしている意識をを持つだけでもかなり変わる。誰かに言われたから。誰かがやっているから。レールの上を辿っていてはクリエイティブなことはできない。オリジナリティを放棄して生み出されたものにクリエイティビティは感じない。それこそただただキーボードを打ちこなすオペレーションではないかと。つまりはオペレーターだ。ブロガーと名乗る前にブログオペレーターと名乗るべきではないか。

あなたはあなただ。それだけでも唯一無二なのだ。自分の生きてきた道がある。誰かと同じなんていうことはない。似たような人生はあっても、まったく同じ人生を歩んでいる人なんていないはずだ。今までの人生でも十分にオリジナルなのである。だから誰かになる必要なんかない。ましてや誰かと比べることなんてしなくて良い。できることできないことは今のままで良い。そんなあなたが感じたこと、考えたこと。書く言葉。そこにこそ意味や価値があるのだ。そういったことを放棄して既存の価値や意味を求めてしまうのはもったいない。オリジナルになりたいのであれば自らのオリジナリティを見失うことはない。それが分かればクリエイトすることもやりやすくなる。

自分でクリエイトしてカタチにしたものが評価される

評価というのは、生み出された結果に対して、好きな人(良い)、嫌いな人(悪い)がいる。ただそれだけだ。クリエイターはそれを受け止めればいいのだ。分かってくれないといじける気持ちも痛いほど分かるが、作品が嫌いという人や否定的な人でも、その人の中に一度受け入れているわけなのである。だからこそ出る反応なのだ。作品や意見が受け入れなかっただけであって、作り手の存在が受け入れられていないわけではない。だから悲しいことでもなんでもない。

むしろ批判があるということはそれだけ作り手の存在が認識されているということを感謝し喜ぶべきことなのだ。それすら遠ざけて小さい枠に収まるのは見ていて寂しく思う。反応の中には、暴言を吐いたりする人もいたりする。気持ちのいいものではないが、その人の中に受け入れられて存在しているからこそ消えてほしいと思われているのだ。その人が俺のことを目障りだろうが、ムカついていようが関係ない。俺はその人の中に存在できたことを喜ぶ。その人の人生のわずか数秒だとしても関われたことを光栄に思う。さらには感情を伝えてくれたことに感謝する。

みんなに認められるカタチなどこの世にはないのだ。自分がいくら正しく思った所で、隣の人にとっては正しくないことなどたくさんある。意見が分かれた所で相手を正そうとしたり認めさせたりする必要なんてない。自分だけ認められたくて相手を認めないのは傲慢だ。そんなのは自分の不安を消すための作業にすぎない。そしてそれは、より自分を苦しめることにつながることになってしまうのだ。だからといって相手を無視するわけではない。相手の考えを尊重し受け入れる。そうするだけで良いのだ。難しく考える必要はない。みんな違って当然なのだから。

クリエイティブに己の道を拓く

SEOだってマーケティングだってビジネスでもクリエイティビティが必要なのだ。そういった多くの記事を見ていると全てが後追いのことばかりが書いてある。記事を読んで自分のブログに取り入れたところで更なる後追いにしかならない。

Googleとのイタチごっこは終わらないというが、自らがその追いかけっこの輪にはいっているだけのように見える。もっと先を自分でクリエイトすれば良いのだ。流行りに乗っかったビジネスには終わりがくるのと同じだ。先を見ようとしない。

今売れるものだけを作り売ろうとする。自分でクリエイティブにできないから流行の後追いばかりしている。また流行が変わったと情報が入れば次の流行に移る。流行とのイタチごっこだ。それがビジネスではないと言ってるわけではないのだ。そういうビジネスでも成り立つ。誰かのクリエイティビティを真似するのは楽だ。自分で考えずに後についていけばいいだけなのだから。失敗だってそこまでないだろう。自ら分かって選択してその輪に入っているのならば、それでビジネスをしているのだから良いのだ。これも1つの方法であり選択だ。その選択をしたものを卑下したり間違っていると感じたりすることは無意味だ。違う道を選択し歩んでいる。ただそれだけだ。

しかし流行の後追いや人のマネをしていたら上限は知れている。本当はもっとできる可能性を秘めているのにもかかわらずその可能性を自ら潰してしまっている。もっと自分らしくクリエイティブに自分を最大限に活かせるはずだ。どちらを選ぶかも自分で考えて答えをだす。そして選択した道を進めば良い。

己のクリエイティビティを解放しよう

最初は分からないことだらけなので調べたり聞いたりして参考にし勉強するのはいいことだ。ただ勉強してそのままをカタチにするのではなく、もっと自分でクリエイティブにやってみてほしい。

創造(クリエイティブ)と聞くとどうしても突発的な一瞬のひらめきと語られることもあるが、クリエイトするということは何か特別なことをしなくたって良いのだ。何をしたいのか自分で考えてカタチにする。クリエイティブというのはその積み重ねなのだ。そしてその積み重ねから生み出されたカタチにオリジナリティというものが出てくる。己のクリエイティビティを解放してもっと自由に発想してクリエイトしてみようじゃないか。一歩一歩道を切り拓いていくのだ。 その選択肢は誰にだって用意されている。

まず今日はこれぎり!

俺の嫁ちゃんが衝撃発言をしたぞい!

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ギックリ腰はまだよくなっていないが仕事もあるのでコルセットを巻いてなんとかディスプレイに向き合っている俺である。みなさんは何を巻いているだろうか?

昨日は仕事もやすんで楽な体勢で過ごしていた。1つの体勢が楽というよりもタイムリーに楽な姿勢というのは変わってくるものだ。

そして山口百恵のいい日旅立ちを聞いていたときに、横にいた嫁ちゃんが衝撃的な発言を叫びだした。

私仕事やめる!!もうやらない!!

以前の記事で書いたことがあるが嫁ちゃんも自営業で結構稼いでらっしゃる。それを突然辞めると言い出したのだ。

俺は、なんだいお前もいい日旅立ちをするのかと思って聞いていたのだが、実はこれは今回がはじめてではない。

俺が社会不適合者というのは語ってきていたのだが、嫁ちゃんもある意味で変わり者だ。つまりは変わり者夫婦というわけである。

とはいっても嫁ちゃんは東京六大学を出ている。そして一流企業に就職し、その後の転職先も一般的に言う良いところばかりで働いていたのである。俺とは全くもって正反対の人生だ。

初めてあった時は汚いものを見るような目で俺を見ていた。なにか言えば綺麗事のオンパレード。理屈ばかりのいけ好かないオンナだった。

今まではそれで男相手にマウントを取り生き抜いてきた。だが俺には理屈や常識などまったく通用しない。そんな所で生きている人間ではないからだ。

とにかく俺を負かそうと一生懸命だったっけかなあ。だが俺は勝ち負けなど気にしないのだ。そんな俺相手に調子が狂いだしたのか、ずっと無理をしてきたのだろう、最初にあった頃とはどんどん変わって人間らしくなっていった。それと同時に社会との隔たりを感じはじめていた。

今では出会った頃が嘘のように、まるで子供のようだ。着ていた鎧を全て脱ぎ去ったのだろう。それから仕事を辞めて何もせずに過ごしていたが、その後やりたいことが見つかり自分の道に進んだ。

嫁ちゃんはこれまでも何回か、やめる!!と言い出した。そばで見ていると、次のステージに進む時ほどそういう発言が出てくる。

人生とは面白いものでさまざまなステージが用意されている。どこのステージでプレイするかは自分で決める。もちろん各ステージはクリアしないと次のステージにはいけない。

スーパーマリオで例えれば分かりやすい思う。1−1をクリアすれば1−2だ。そして1−3,1−4と進んでいく。最終的には8−4までだかあるはずだ。

進めば進むほど難しくもなる。なので1−1でずっとプレイしているのもいいだろう。そのまま進んでいき最終的にピーチ姫を救うのもいいだろう。

普通であればクリアしたら次に進みどんどん進んでいくのがゲームのルールであるが、どこのステージでプレイするかは自分で決めればいいのだ。そしてどこでプレイするとしても他のステージでプレイしている人を羨みも卑下もしない。そうすると楽になれるのだ。

だが次のステージに進むことに恐れを抱いて止まってしまうと苦しみが生まれてくる。4面をクリア出来て本当は5面もできるはずなのに、これ以上難しいの嫌だ。もう怖いのは嫌だ。そう言って4面でずっとプレイしている。しかし心はすでに5面へと向かっている。

心は5面に行きたいのに行かないで4面の相手をしているとそこにズレが生じて隙間ができてしまいストレスとなるのだ。そして4面どころか全てを投げ出してしまうと爆発する。つまりこれが今の嫁ちゃんの状態である。

そんな嫁ちゃんに対して俺は、辞めんなよとか勿体ないとかいうことは言わない。辞めたければ辞めればいいと思うからだ。せっかく自由な道を選んだのに誰かの言葉で決めるのならばそれまでだ。

嫁に対して冷たいと思われるかもしれないが、辞めたところで俺がなんとかすればいいだけの話しでもある。大体人が言いくるめて解決しようとしてもそれは一時的な解決にしかならない。自分で決めなければ根本的に変わらない。


だから辞めたければ辞めてもいいよと言う。そうするとしばらくしてから次のステージを自分で選択する。

そして選んだ道を一生懸命に進んでいる。今回ももうしばらくしたら自分で答えをみつけだしてくれるだろう。

俺はその答えを受け入れるのみだ。どんな答えだろうと。

おっと、頼んでいたカメラが届いたようだ。

まず今日はこれぎり!

ついに最終章。俺とM子のロマンスの行方。

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俺のロマンス話しを書いてみたのだけども、今回でまさかの三記事目に突入だ。俺とM子はどこに向かうのか。この記事で明らかになる。 

まだ読んでない人にために前回までのリンクを貼っておこう。

第一章

kabuku.hateblo.jp

 第二章

kabuku.hateblo.jp

 

俺は動物公園で十数年前にいえなかったことを言った。

ただそれは十数年前の気持ちだ。その時の気持ちではない。だが正直な所をいえば俺はまだ好きだった。いや、好きだったというよりも、また好きになってしまったという方が正確だろう。

十数年前の気持ちは伝えられても今の気持ちは伝えられない。やはり俺はあの頃と何も変わってないんだ。

公園を後にした俺とM子はとりあえず歩くことに。季節はまだ少し寒が残るころ。少し冷えたのかM子は手を重ね合わせ擦っていた。

俺「手寒いの?」

M子「うん」

俺「手袋とかないの?」

M子「ないよお…キクノスケにあたためてほしい

俺「……分かったよ」と言って手を差し出す俺

その手を両手で握りしめるM子。

M子「キクノスケの手あったかい

少しするとM子の手にもぬくもりが戻ってきた。

手を繋ぐのくらいはなんともないと思ったが、とても恥ずかしい気持ちになった。

そして手を繋いだまま駅に向かい、M子の新幹線の時間まではまだ時間があったがとりあえず東京駅に移動することにした。

 

電車の中でM子は最近彼と別れたばかりだと俺に言ってきた。

俺「そうなんだ?」本日二度目の心のガッポーズ

M子「うん、でも当分彼氏とかいらないかな(笑)

俺「そっかw」チーン。心の中のorz

M子「キクノスケは彼女とかいるの?」

俺「いたら今日きてないだろw」俺にできる精一杯のアピール

M子「キクノスケは真面目なんだなあ。それに比べてアタ……」

M子が何かを言いかけて止まるなんて珍しい。しかも笑顔も消えている。

俺「どうした?」

M子「ううん。なんでもない」と言いながら首を横に振る。

そこからしばらく沈黙が続いてしまった。何か喋らなければと思っても何も出てこない。

次は東京〜東京〜っとアナウンスが流れる。

俺「もう次東京だ。降りないとだね」

M子「うん」

 

東京駅でどこか入れる店を探そうとしたのだけども、どこもいっぱい。M子も疲れてきているようなのでジュースを買って待合室に座った。

M子「さっきごめんね。たまにああいうことがあるんだ」

俺「大丈夫だよ。M子はもう平気?」

M子「ありがとう。もう大丈夫。」いつもの笑顔に戻るM子

M子「後1時間位でお別れだね?」

俺「うんそうだね」

M子「何か話したいことはある?」

俺「う〜ん」こういう振りの切り返しが俺は苦手だ。

M子「ないんかいっ(笑)」

俺「いやいやいやいやw」

本当は話したいことはある。伝えたい思いがある。でも勇気が出ない。

M子「そろそろロッカーに荷物とりにいかないと」

そうM子がいうので2人でロッカーに向かった。

階段を下るとたくさんのロッカーが並んでいる。

人影が見当たらない2人の空間。M子はロッカーにいき俺は手前で待っていた。

ここだ。ここで言うしかない。でもダメだ。俺は弱い自分の心と戦っていた。ここを超えたらもうチャンスはないと思え!俺。

そこに戻ってくるM子はこう言った。

M子「上は混んでるしここで少し話そうか?」

俺「いいよ」ギリギリの延長戦突入にホッとする。

 

しばらく話しているとM子がこう聞いてきた。

M子「ねえキクノスケは彼女ほしくないの?好きな子がいるとか?」

俺「いや、それはほしいけど」

M子「好きな子は?好きな子は?」

俺「今はいないかなあ」

M子「そっか……」

またやってしまったと思った。M子だよM子が好きなんだ。ああ駄目だあ……勝手に撃沈する俺。

M子「そろそろ電車の時間だからいくね?」

俺「そっかあ、うん……」

階段を登るりきると改札はすぐ目の前。

M子「今日は付き合ってくれてありがとう。またメールしてもいい?」

俺「いいよ。毎日でもw」こんな冗談なら軽くいえてしまう自分に腹が立つ。

M子「それじゃ毎日するよ(笑)」そう言って振り返ったM子は改札を通り、振り返っていつもの笑顔で手を振っている。

俺も出来る限りの笑顔で手を振り返した。

そのままM子はエスカレーターに飲み込まれて消えていった。

俺「今日は楽しかったよ。気をつけてかえってね。」とだけメールを打ってM子に送信

俺は体の力が一気に抜けていくのを感じた。そして自分の弱さを責めた。

家に戻り抜け殻のようになる俺。M子からメールは来ていない。

疲れていたのか昨日の酒のせいもあるのか俺はそのまま眠りについた。

 

目が覚めて気づいたらもう外は明るい。時計をみたら6時すぎ。携帯をみてもM子からのメールは来ていない。夜になってもメールは来ていない。もうこのままメールがこないような気がした。

とりあえず風呂にはいろう。そう思って全裸になった瞬間にブーブーブーとバイブの音。俺は全裸のまま携帯を掴み確認するとM子からのメールだった。

相当長いメールだったのだが、みんなとの再会、俺への感謝、2人で過ごした時間のことが書いてあった。

俺は全裸のまま寒さに震えながらそのメールを読んだ。

光だ。まさに希望だ。へ・へ・ヘックションっ!!!とにかくまずは風呂だ。

ささっと風呂に入りM子に返信する。へ・へ・ヘックションっ!!!

次の日は見事に風邪をひいてしまった。

 

それから本当に毎日メールした。そしてメールをするたびにM子への想いは募っていった。

三週間位メールをし続けて、週一位で電話をしていた。そこで俺はやっと決心したのだ。告白しよう。東京と愛知の距離もあるがメールや電話でこんなに楽しい。

まあその前に付き合うことになるかも分からない。とにかく前に進もうと決めたのだ。

ただ、メールや電話で伝えるのは嫌だったので会いに行くことを次の土曜日の電話の時に言おう。

当日になりいつもの時間に電話をかけた。すぐに出るM子。

話しはじめてしまうとまた言うタイミングを逃してしまうと思ったので、第一声でM子にこう伝えた。

俺「ちょっと今日は伝えたいことがあるんだけどいいかな?」

M子「伝えたいこと?なに」

俺「うん、俺ね」ツーツーツーツー電話が切れた。

え〜こんな時に…………どうしていいのか分からずに固まってしまった。

するとM子からのメールのお知らせが届く。

何が書いてあるんだろう。中身を見るのが怖い。マイナスなことばかりが頭に浮かびメールをひらくことができない。

10分位してメールを開く。心臓がバクバクするのが分かる。

電波が悪かっただけのようだ。

とりあえず最悪な内容ではなくてよかった。

俺はM子に返信した。

本当は俺が愛知にいこうと思っていたのだがM子が東京にくることに。

後は告白するだけだ。

 

M子とは東京駅で夕方前に待ち合わせて以前から行きたいと言っていたお台場にいくことになった。

俺はいつ切り出そういつ切り出そうと頭がいっぱい。M子はいつもと変わらないように見えた。

お台場につきとりあえずは2人で楽しんだ。そこで目に入ったのが観覧車。これだ!と決めた俺は少し経ってからM子に観覧車に乗ろうと言った。

2人で観覧車に乗り込む。もう外は暗くなってきているので夜景も綺麗なはずだ。徐々に上へと上がる観覧車。

俺「M子ちょっと良い?」

M子「うん。」目をみるといつもよりもキラキラしているように見える。

俺「俺ね…俺、」

M子「な〜にぃ?」

俺「俺、高所恐怖症なんだ……」

M子「もおふざけないでよ(笑)」

俺「ごめん。俺ね、M子のことが好きなんだ。」

M子「アタシもキクノスケのこと好きだよ」

俺「本当?あの…できれば俺の彼女になってほしい」

M子「はい。」

俺「ありがとう。うれしいよ。それでね、俺、高所恐怖症なんだ……」

M子「本気だったの?(笑)」

M子「うんw」

その時の観覧車の位置などは分からないが俺とM子は頂点にいた。

それから2人でご飯を食べる。自然と笑顔が溢れるほどに有頂天だ。

この日はM子はそのまま帰らなければいけないので東京駅まで送りバイバイした。

遠距離恋愛かあ。うん、悪くないな。きっとニヤついて変なやつと思われていただろう。

 

この後はメールや電話。そして月に何回か会ったりして過ごしていた。会う時はいつも東京。

半年位が経過した時に俺ははじめて愛知にいくことになった。

M子の育ったところはどんな所なんだろう。どんなところに住んでるのだろう。新幹線で思いを馳せながら外の景色を眺める。

とりあえず豊橋で待ち合わせをしてM子の住む街に移動した。途中いろんな所を案内してくれた。いろんな話しをしてくれた。

今まで知らなかったM子を知ることができたようで嬉しかった。

 

そして二度目に愛知に行った時にある衝撃的な出来事が起こった。

その時、俺はM子の部屋にいた。 前回はホテルに泊まったのでM子の部屋に来るのははじめて。今回も部屋にあげてくれると思っていなかったので、ホテルは取っておいたのだがお金が無駄になるということよりも部屋にあげてくれたのに喜びを感じていた。

夜も遅くなったので2人で布団の中に。この日はけっこう動いたので眠気が襲ってきていた。

その時にドアを叩く音。そして男の怒鳴り声が同時に聞こえてきた。

ドンドンドン

謎の男「おいっ!M子いるんだろ?ゴルァあけろよや!」

ドンドンドン ガチャガチャガチャ ドンドンドン

俺は訳が分からずM子に聞く。

俺「何?」

M子「……」うつむくM子

謎の男「はよぉあけろや!男といんの知ってんだぞ!オォラア!!」

M子はうつむきながらドアを開ける。

するとM子を振り払うかのように押しのけて物凄いごっつい男が俺めがけて飛びかかってきた。

俺は突然のことで訳がわからず後ずさりして尻もちをついてしまった。

そしてそのままマウントを取られて拳の嵐を浴びる。ガードしようとしても他の所に拳が重く入り込んでくる。

謎の男「てめえゴルァ人の女に手出してこんなんじゃ済まねえぞ!!」

その後も拳の嵐はやまない。

少しするとM子が「ごめんなさい。もうコイツとは会わないから……」

謎の男「ったりめえだろうが!おめえこれで何回目だよ?ああん?次はねえぞ」

その話しを聞きなんとなく察しがついた。

鉛のように重い全身を奮い立たせて立ち上がると、謎の男はファイティングポーズをとる。

一発腹に食らったところでM子が止めにはいる。

俺「ぼうわがっだがら。がえるよ。ごべん」口の中がぐちゃぐちゃで上手くしゃべれない。

2人の隣を通り過ぎると後ろから蹴りをいれられ倒れる俺。

謎の男「あんなののどこがいいんだよ?」

M子「ごめんね……ごめんね……」

その後も何か話が聞こえるが俺はなんとか立ち上がり家をでた。

 

痛いというよりも体が重い。距離的にはそんなにないが1時間位かけてホテルにようやく到着。

俺は非常階段からなんとか部屋にたどり着き倒れ込んでそのまま眠った。というのか気絶したのか分からない。

起きたら昼過ぎだった。体中がバキバキで動かない。

その日は一日横になっていた。M子からのメールはもちろんこない。俺もメールはしなかった。

夜になりだいぶ体が動くようになった。もう一日泊まる予定だったが明日はもう帰ろう。

そう思いながら眠りにつく。

次の日に起きて久しぶりのご飯を食べる。そして一緒にいくはずだった名古屋城に1人で向かった。

当然楽しいはずもなく来たのを後悔。もしかしてM子が来てくれているかもなんていう淡い期待は儚くも散った。

俺は名古屋駅に移動して東京行きのチケットを購入し待ち時間にきしめんを食べた。

そして時間になり新幹線に乗り込む。

東京に着いてしばらくしてからM子にメールした。

「ごめん」と一言。

すぐに返ってきた返事は

MAILER-DAEMON

こうして俺とM子のロマンスは幕を閉じたのであった。

 まず今日はこれぎり! 

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