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ただただダラダラ佇むダダイズム

知らざあ言って聞かせやしょう。

無駄遣い話しから何故か悩みの話題へ

家なき男

昨日ブログを投稿した後に、注文していたレンズが無事に届いた。そこまで高いレンズではないのだけども、ずっと欲しかったレンズだ。ちょうど嫁ちゃんも帰ってきてしまったので試し撮りは次の機会に。はっきりいうと仕事では使えないと思う。趣味の世界のもの。まだ試し撮りもしていないので今回は記事には書かないが、今日はこの後出かけるので、購入したレンズをカメラに付けて初撮影してこようと思っている。

というかD750のレンズセットともう一本レンズを購入。その前にはManfrottoの三脚。そして今回のレンズ。その間にはPeakDesignのスライドというカメラストラップも購入。まったく関係ないがBEAMSとNORTH FACE PURPLE LABELがコラボしたスプリングコートも買ってしまった。この一ヶ月ほどでかなり金を使いまくってしまっている。今のところ予算内なので大丈夫なのだがそろそろ止めないといけないなあと思いつつ次の欲しいモノを物色中である。

まあ今でも大金持ちではないが、一時期はひきこもりを続け、果てにホームレスをしていた頃では考えられない生活を今はしている。期間は違うが、ひきこもりの時もホームレスの時もその当時は一生このまま続くことなのかと思っていた。統合失調症の時もそうだ。だが、後から思えば僅かな時間にも感じる。今こうして生きていられるのは、周りの人のおかげだ。もちろん自分が頑張った自負もあるが、そんなのはちっぽけだし自分の中のことだ。人々への感謝を忘れてはいけない。これを忘れた時、俺は過去のような自分に戻ってしまう。馬鹿な話かと思うかもしれないが、感謝というのは人生において、それだけ重要なのだ。

話がかわるが、

一瞬一瞬を見てしまうと正確に判断出来なくなってしまうものだ。車とか電車とかに乗ってると、近くのもモノは早く動くけど遠くのモノはゆっくりと動いているように見える。早い速度で走ってて近くの標識とか認識するのって大変ではないか。すぐに通り過ぎてしまうから余裕なんてない。力もグッと入る。でも、ある程度の距離があるものを見る時には、ゆっくりと進むので瞬間で見ようとしなくても余裕があるので楽だ。

サッカーの例えの方が分かりやすいか。サッカー場やテレビで見ていると、逆サイ空いてるじゃん!今のシュートでしょ!!あーーもう!!とかそんなシーンに出くわしたりする。遠くから見ているとピッチ全体が見えているので、そう判断するのは楽だろう。しかし自分が実際にピッチでボールを持っていると想像してみてほしい。全体を見ることができない。更には敵がボールを奪おうと迫ってきている。そんな中で瞬時に判断をして次の行動を起こさなければいけない。どうだろう?正しい判断が出来るだろうか。何もせずに動けないか逃げてしまうこともあるだろう。

これは現実にも同じことが言える。プレッシャーをかけ続けられる中でどれだけ正しい判断が出来るだろうか?だがもしそれを遠くから見れる自分がいたらどうだろうか。

俺だって今でも嫌なことや辛いこともある。それは生きていれば当然だ。だがそんな自分を客観的に遠くから見れる自分もいる。その瞬間瞬間の悪いことが後々の良い行き先に繋がるのが見えるというのだろうか。だから嫌なことや辛いことがあっても時間をかけずに切り替えることができる。さっきの例えでいうと、車から見た遠くの景色。ゆっくりと動いてるから余裕をもっているので感情の揺さぶりも少ない。そして遠くから見ている分、目的地も見えるから次はどこにパスを出そうかというような道のりも分かりやすい。こんな風に書くと特殊能力なんじゃないかと思う人もいるかも知れないが、俺自身がプレッシャーに負け続けて何もできずに動けない人間だった。だが今ではできるようになっている。これは成功体験による所が大きいのかなあ。逃げずに自分と向かい合ってきた結果だ。最初の経験や成功はどんなに小さくてもいい。誰だってまずはそこからがスタートだ。

そんなんで嫌なことや辛いことがあっても俺は今では悩んだりすることはないんだけどもね。まあ考えたりはするさ。考えを放棄したら生きていけない。けどそこで止められる。でも悩みとかって人それぞれあって、大きい小さいとかもあるけど、人の悩みと比べない方が良いと思うんだよねえ。誰かにとって小さい悩みでもその人にとっては大きい悩み。だから相手に自分の感覚で、そんな小さい悩みなんて!とかいうのってあんまり解消には繋がらない。ほら、僕はこんなに不幸だったんだよ。世界中を見てごらんよ。それに比べれば君の悩みなんてね?これも。その場その場では、ああっそうか!僕の悩みは小さかったんだ!と思うだけ。また次の悩みを見つけてしまったりするものなんだ。まあつまり何かの悩みを解消するよりも悩む癖というかその根本の心を見てほぐしてあげないとなんだよねえ。そうすれば嫌なことや辛いことがあっても悩みにはならなくなる。

うん?俺は今日何を書こうと思っていたんだったけか。思いつきのまま書いてしまったようだ。まあいつものことか。

まず今日はこれぎり!

俺のブログが転換期を迎えてるらしいじゃないか。

転換するイメージ

世間はGW真っ只中であるが仕事をしている。みなさんは何事をされているであろうか?今までの人生の中でもGWというのはあまり体験せずに過ごしてきた。まあそれはどうでもいいのだけども。

先日遂にはてなブログProに登録をした。これで俺もはれてProのマークがプロフィールのIDの横に表示されるようになった。それに合わせてProに登録したからこその設定を変更した。はてなブログ側で出しているAdSenseも表示されなくなった。うん、マーベラスだ。しかし、カスタマイズ時のテスト用に自分でAdSenseを2つほど入れてみた。これはしばらくしたら消すかもしれないのだけども様子を見てみようじゃないかあ。

カスタマイズはもう少し変更点を加えたいとは思っているのだけども徐々にかなあ。ワンカラムもカタチとしては良い感じに稼働中。本当は幅を広げたいんだよなあ。今は800pxなんだけどね、960pxまで広げていきたい。160pxも変わるとだいぶ違うのし写真のサイズも変更しなきゃなのでどうしましょうかと。まあ変えたばかりだしここももう少し様子を見てみようじゃないかあ。

AMPは導入したものの、25ページほど致命的な重大エラーが起こっているとサーチコンソールからメッセージが届いた。はてなのAMPでどこまでできるのかいろいろ試そうと遊んでいたので余計なものを入れてしまったようだ。CSSはAMPに対応するもののみを入れてはいたのだけどもねえ。今はその半分に減っているがどうなることやらである。一応テストツールなどを使い最新の状態を見る限りはエラーと表示されていたページも有効になりエラーも出ていないので時間が経過すれば大丈夫なのだろうか。とりあえずFetch as Googleで送信してみてる所である。ただAMPはクロールに時間がかかる。かなりタイムラグがあるんだよねえ。というかその前にやらなければいけないこともあったのでまだまだ絶賛修正中なのである。

そんでもって今回は調子にのって独自ドメインを登録してしまったのだ。本来であれば、marvelous.comなんていうドメインを取りたかったのだけど、残念ながら使われていた。.com以外も調べてみたが、良いのがあまりなかったので、marvelousの部分をmarvelousoneとしてみた。しかしこれも.comが使用されていたので取得できず。その時に目に入ったのが、.tokyoだ。なかなかマーベラスな響きじゃないかい。ということで気に入ったので早速ドメインを取得して、はてなブログに設定をしてみた。というわけで、このブログのURLは「www.marvelousone.tokyo」となりましたぞい!

あとは全然関係ないのだけども、レンズを購入してしまったあ。あの欲しかったレンズを遂に。今は配送中なのである。明るい内に試し撮り出来ればいいなあ。まあレンズのご報告などはまた今度するとしようじゃないかい!

まず今日はこれぎり!

俺の髪の毛は何故こんなに伸びてしまったのか。

His hair

今日は月曜日。みなさんいかがお過ごしだろうか?俺はスマホのケースを変えたい気持ちを抑えて仕事中である。だが少し息抜きをしているところだ。

今の俺の髪の毛は過去最高の長さだ。前は胸の辺り、後ろは肩甲骨の下辺りまでの長さがある。ずっと短くしていたのだがここ2年ほど髪は伸ばしている。ちょうど、この記事のTOPの写真のようなイメージだ。ストレートではなく、ナチュラルウェービングなのである。身だしなみが整えられずにだらしないという人もいるだろう。もちろんお手入れはそれなりにしている。

なぜ俺が髪を短く切らなくなったかというと、伸ばしたいと思ったのもあるが、髪を短く切る意味が分からなくなったからだ。また変なことを言い出したぞ?と思う方がいるかもしれないが、男性はいつの頃から髪を短くするというのが定着したのだろうか。映画などで昔の写真を見る限りは男性も女性も髪が長い。日本だけでなく世界をみてもそうだ。侍や騎士にインディアン。三国志を見てもみんな髪が長い。内田裕也も然り。

現世ではそもそも何故髪を短く切らなければいけないのか。

仕事があるのも分かる。サラリーマンであれば、ある程度の規律があるので当然なのかもしれないけども。俺は自営なので関係ない。髪のことで仕事が途切れたことなどない。むしろ俺を認識してくれるIDのような存在にもなっている。話しのネタにもなるので距離が近づきやすい。これは仕事だけでなく普段の生活でも同じだ。髪が長いことで何か滞りがあるといったことがない。むしろ仕事と同じように、認識されやすくなり良くされることの方が多い。普段は結んだりもするので邪魔になることもない。

だから余計に切る意味が分からないのだ。能率化?そもそもそんなに急いで生きなくても良い。なぜみんな短くするのか?と言っているわけではないんだ。髪を短く切らなくても良いといった条件の下であればどうであろうか?なぜ髪を短く切るのか。その答えが俺の中で出せていない。俺自身が分からないだけなんだ。もし明確な答えがあるなら短くしている。だが、男性は髪が短くあるべき。という現世の不文律なのであれば、それだけでは俺が髪を短くする理由にはならない。

まあ髪が長い短いはどうでも良いことなのだけども、自分でどうするか決めるというのは大事だ。世の男性は大多数が皆短いからという外的要因だけではなく、自らの答えはどうなのか。その時に出た答えに俺は正直に生きたいのである。つまりはシェキナベイベーということだ。うん。

ただ1つだけ困ることがあるのだ。それは、寝ている時は束ねた髪をほどいて寝ているのだけども、時たま寝ぼけた嫁ちゃんに髪を踏まれるのである。そして、それで目が覚めた時の不快さというのは言葉では言い表せない程だ。俺が髪を切るとしたら、この不快さに耐えられなくなった時か。

まず今日はこれぎり!

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