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ただただダラダラ佇むダダイズム

知らざあ言って聞かせやしょう。

Massとマス

今日は普段と同じように目覚める。嫁ちゃんと顔を合わせると、おはようと合わせていつもの朝の挨拶のようにいう言葉。「アイラブミー」という俺。「自分のこと大好きだねw」と返す嫁ちゃん。俺の日常である。今は追い込みの仕事が2つ重なり、ブログに向かう時間がなかなか取れていない。みなさんのブログも読むことが出来ず、Twitterにもあまり顔を出せていない状態。近いうちに戻ってくるぞい!と。

先日打ち合わせで、また東京駅にあるKITTEに訪れたので一枚の写真を載せておこう。無駄に高感度で撮影してしまったので、次に撮り直すと思うのだけども。タイトルは「Massとマス」

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まず今日はこれぎり!

ずっと欲しかったカール・ツァイスPlanar T* 1.4/50 ZF.2を買ったのでご紹介しますぞい。

先日の記事で、NIKONのD750用に、とあるレンズを購入したことは書いていたのだけども、そのレンズというのは、カール・ツァイスのPlanar T* 1.4/50という名である。ずっしりと重く、金属の冷たい感触がする。フォーカスはマニュアルのみ。ZF.2はニコンCPU、電子接点付きを内蔵しているのでAi-S互換。絞りはカメラ側で設定ができる。お値段は7万円ほどと安くはない。このレンズはずっと欲しかったレンズなのだ。あれはいつの頃だったかは忘れたがまだ学生の頃だったか。それ位前から欲しかったレンズをやっと購入できた。なぜこのレンズが欲しかったのか、少し遡ってみよう。 

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今の時代であれば、カール・ツァイスのレンズというとソニーのカメラに付いてるレンズ?という認識もあるかもしれないが、元々はドイツの光学機器製造会社が始まりである。ツァイス・イコンという傘下ブランドの元、コンタックス(CONTAX)というカメラを作っていた。ドイツといえば、あのライカと同じ土地だ。元々はライカと同じ位の勢力を誇っていたカール・ツァイスとコンタックス。そこに2つの戦争が起き、カールツァイスとライカに違いが生まれた。第二次世界大戦後にカール・ツァイスは東ドイツ側となりソビエト連邦に支配される。そして誕生したのがキエフというカメラだ。その後もカール・ツァイス・イエナとして名は残るのだが、西側のアメリカはその技術を欲しがった。そして東側から技術者や設計図などを奪還。こうしてカール・ツァイス・オプトンが誕生した。かなりざっくりな流れだが、この辺のカメラメーカーの歴史というのも面白いものがあるので、興味のある人は是非本など読んで見てもらえたらなと。

それから月日が経ち、コンタックスは一時休止。その後1970年代になり日本のヤシカというカメラメーカーとライセンス契約を結ぶ。それ以降のコンタックスはヤシカで製造されカール・ツァイスのレンズが搭載されたコンタックスブランドが復活した。しかしヤシカは経営不振になり、京セラに吸収される。それ以降は、京セラがカメラ事業を撤退するまでコンタックスを販売したのである。その後カール・ツァイスは日本のコシナと提携し現在に至っている。コンタックスのカメラは現在販売してない。

この京セラのコンタックスこそが俺が欲しかったカメラなのである。コンタックスRTSやコンタックス139にコンタックス137MDは今でも使用している人も居るくらいに愛されているフィルムカメラだ。その後はオートフォーカスも導入。俺が一番欲しかったコンタックスST。これにPlanar 1.4/50を付けて写真を撮影するのが夢だった。現在も中古で5万程度。ついつい買ってしまいそうな位に今でも欲しい一品だ。

その当時はお金もなく指を加えて見ていただけだったコンタックスやカール・ツァイスのレンズ。さすがに今はフィルムまでやる時間がないのでいずれ出来たらと思っていた。D750を購入する前はソニーのαシリーズの購入を検討した。しかし、D750を購入。カール・ツァイスは諦めていたのだけども、ニコンとキヤノンでも使用できるカール・ツァイスが販売されているのを思い出してしまった。そしてポチっとしてしまったのである。

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D750にもしっくりとくる。元々標準の単焦点レンズは購入予定だったのだけどもまさかこのレンズを購入してしまうとは。そしてこのレンズで写真を撮影できる日が訪れるとは。感無量である。Planar50mm 1.4で撮影をした写真をいくつか紹介しよう。

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先日横浜の山下公園に行った時の一枚。Planar T* 1.4/50らしい、うるさい位の玉ボケ。嫁ちゃんが先に歩いていってしまったので急いで撮影。ピントがダメダメ。どこにもピンとが合ってないミスショットだ。このレンズは1人で撮影に集中したい一品だなあ。嫁ちゃんにも、まだ?まだ?と連発されてしまった。しかし自分が撮られた写真を見たら、凄い!凄い!を連発していたなあ。

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Planar T* 1.4/50を持つと思わずモノクロ写真を撮りたくなる。家の近くの神社で撮影をしてみた。ヌルっとしたフォーカスリングを回してピンが来たときには思わずニヤけてしまう自分がいる。写真を撮る喜びを再認識させてくれるレンズ。これからモノクロ写真にハマりそうだ。というかハマっている。

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東京駅のKITTEにて撮影。この写真ではわかりづらいが少し暗めな所で撮ると、ウェットな写真を吐き出す。 滲みが出るせいかなあ。黒もとてもグラマラスというかマーベラスだ。ドラマティックに演出してくれる。開放ばかり撮影していたのだが、次は絞った写真も撮ってみよう。

という感じでPlanar T* 1.4/50ではまだまだそんなに撮影していないので、これからこのレンズのポテンシャルというのをもっと体感してブログにも載せられればと思っておりますぞいと。しかし、開放では被写界深度がかなり浅くピントがなかなか合ってくれない。F1.4だと明るい野外でISO100でも露出オーバーになってしまったりとなかなかのじゃじゃ馬っぷりだ。まあ自分の腕が全然なのもあるのだけども、このじゃじゃ馬を乗りこなせるようになりたい思いが、向上心に火を付けてくれるのだ。共に進もうPlanar50mm F1.4よ!

まず今日はこれぎり!

カール・ツァイス―創業・分断・統合の歴史

カール・ツァイス―創業・分断・統合の歴史

 
Carl Zeiss PLANAR T*1.4/50mm ブラック ZF.2 (ニコンCPU内蔵マウント対応)PLANART1.4/50BKZF2

Carl Zeiss PLANAR T*1.4/50mm ブラック ZF.2 (ニコンCPU内蔵マウント対応)PLANART1.4/50BKZF2

 

 

苦しむ人に何かを伝えていきたい所存ですぞい。

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先日足の側面に痛みを感じていたのだが、その痛みが続き激痛に。どうやら短腓骨筋腱付着部炎というものになってしまったようだ。みなさんは何炎だろうか?まあ何炎でない方がいいのだけども。

俺は過去に椎間板ヘルニアになってしまったことがある。腰が痛いとは感じていたのだけども、ただの腰痛かと思って放っておいた。マッサージ等は受けていたのだけども腰は痛むばかり。ある時に左足に痺れが続くようになった。そして歩く度に腰に激痛が走る。それでも日々を過ごしていたのだけども、遂に足が思うように動かなくなり足を引き釣りながら歩いていた。

さすがにこれはまずいと思って病院にいったら、椎間板ヘルニアと診断されたのだ。しかも普通の人なら歩くのも困難な状態ですよと医師に言われた。俺は普通じゃないんですか?と聞き返すと、しまったばかりに言葉を詰まらす医師。看護師さん達は笑っていたなあ。まあ手術してなんとか治ったのだけどもね。

後から分かったことなのだが、これは発達障害の症状の1つだった。よくよく思い出してみると、小学校の低学年の時に兄と遊んでいて、俺は木から落ちてしまった。まあ普通に痛かったので泣いた。家に戻っても痛かった。だが普通に過ごしていた。次の日に学校で傷みに耐えきれずに早退し病院へ行くと、3箇所も骨折していたのだった。その時は親にも先生にも我慢強い子と言われていた。だが本当は感覚が鈍いということだったのだ。痛みの感じ方というのも人それぞれだが、俺の場合はその感覚が非常に鈍いのだ。

俺は発達障害やADHDの症状が他にもいくつものあると診断された。それらの症状が俺を社会不適合者にし統合失調症を併発する原因にもなった。もちろんそれらが俺を苦しめてきたのも事実である。だが、そんな自分に後ろめたい気持ちなどない。今ではむしろ発達障害やADHDである自分に誇りを持っている。これは個性なのだ。一般的な普通ではないかも知れないが、苦しむことのない生活を、いや、毎日を楽しく過ごせている。発達障害やADHDが治ったわけではないが、仕事も家庭も人間関係もすべて良好だ。どんな症状であれ俺の生活を苦しめる理由にはなっていない。

おそらく一般的な大きな社会にいれば俺はずっと苦しんでいたと思う。だが自分の社会を築いたので楽になったのだ。社会が何かをしてくれないというのではなく、自分のいるべき社会にいること。大きな社会ではないがクローズドでもない。それが自分らしく生きることを可能にしてくれた。発達障害やADHDと聞くと出来ないことばかりがクローズアップされるが、そういった人達だからこそ出来ることもあるのだ。

正直なことをいえば、今の一般社会(マジョリティ)は異常だと思う。それは俺の社会(マイノリティ)からみた一般社会だ。あちらから見れば俺は異常だと思われるだろう。お互いに異常ならそれで良いじゃないか。異常の質が違うだけなのだ。どちら側にしても何故自分だけが正常だと思いたがるのだろうか。数でいえば圧倒的に一般社会の方が多い。だが多い少ないの問題ではないのだ。お互いに理解しあうことの方がどれだけ有益か。俺は一般社会から酷い仕打ちを受けたが憎んではいない。彼らは彼らで自分の社会の常識を行っただけなのだから。それが俺から見れば異常だと思って批判しても何も始まらない。お互いに出来ることに違いがあるだけなんだ。たったそれだけなのに大きな差別が生まれてしまう。

もちろん、マイノリティを差別しない社会になってほしい気持ちはある。しかし、

俺がいる社会においてもマジョリティは異常だという声はたくさんある。アイツらがおかしくて正常なのは俺たちだ。病気なのはアイツらの方だ。そう言ったことを声を荒げてSNSで拡散している。自分達だけを正当化したいのだろうか。俺は凄いことを知っていると自分の優位性を示したいだけにしか思えない。なぜ戦おうとするのだろうか、共存しようと思わないのか。さらにいえばその拡散をしているSNSなどはマジョリティの産物だ。マジョリティだろうがマイノリティだろうが、大きな括りでは同じ社会にいて、密接に関わっていることを分からないのだろうか。どちらが正しいのかという環境において自らが苦しんできたのにも関わらず、自分の方だけを正しいとする。そこに何が生まれるかは自分が一番分かっているはずではないのだろうかねえ。もし社会的にマジョリティとマイノリティが逆転したとしても、そういった人達によって差別が生まれるだろう。それでは何も変わらない気がする。

自分の中の答えを探そうじゃないかい

これは発達障害やADHDの人だけではなく全ての人に言えることだが、合わないことや出来ないことに苦しまなくたって良い。むしろ合わないことや出来ないことを出来るようにすると苦しみが増してしまう。それでは自分が誰だか分からなくなってしまうんだ。誰かになる必要はない。人と比較もしないで良い。ただ自分らしくいてほしい。そうすれば自ずと本来いるべき場所が見えてきて楽にもなれる。簡単に書いたが簡単なことではない。だか真剣に自らに向き合えば自分の心の中に答えがすでにある。大袈裟にいえば答えはそこにしかないのだ。答えが分かれば、今までは人や社会のせいにして来たのが、全て自分のせいだったことに気づくはずだ。

過去の俺と同じように苦しむ人に何かを伝えられたら。そういう部分をもう少しこのブログでも書いていければと思ってる。その人の役に立つかは分からないが、誰かに伝われば良い。どんなに小さな光でも明かりを灯すことにつながれば嬉しい限りだ。上手く伝わるかどうかは分からないが、それでも書きたいと思ってる。そんな感じですぞいと。

まず今日はこれぎり!

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